bee_g いくらなんでも40日ぶりのブログ更新ははずかしいよね。夏バテを癒すために、ちょっと2週間ばかり、休暇をいただいたつもりだったが、いったん怠けてしまうと、なかなか腰を上げるのに手間取ってしまう。申し訳ない、と思いつつ、なぜだかPCにむかうと、ほかのことをやってしまう。

そこへ届いたのがホットバージョンの118号。実は、出来立てのホヤホヤ版の到着を心待ちにしていた。すっかり、HVの虜(とりこ)になりはじめている。ともかく、本田俊也編集長をはじめ、スタッフの真面目な取り組みに、熱いものを感じとっているからだ。

この号のアシスタントは、2012年 ALTA GALSの林紗久羅さん、22歳。

この号のアシスタントは、2012年 ALTA GALSの林紗久羅さん、22歳。

では、はじめようか。この号の目玉企画は『TOYOTA 86 チューニングカー・バトル in FUJI』。まずメインキャスターの土屋圭市が一発、ぶち上げてくれた。

「さあ、今回のホットバージョンは真夏の祭典、FUJI86スタイル2012にきておりますが、(スーパー)GTのブースより盛り上がっているな、これ」

なるほど、出店ブースが72店舗、来場者数も5500か。同時に催されたハチロクオフ会には500台が集結したという。ちなみに86が350台、AE86が150台。86人気は半端じゃないね。

「新型の86が登場して、新旧で集まろうか、というのだけど、そこでハチロクだけのチューニングカー・バトルをやろう、と。これは世界初ですね」

もちろん、ドリドリも「アミューズ」チューンの86で出走する。

ハチロク2 画面はいきなりイベント当日の朝に切り替わって、Bee Racing主宰者の「今井ちゃん」がなにやらゴソゴソやっているシーン。手にしているのはゴールド色の蛍光ペン。これを何に使うのかな、というナレーションがかぶさったところで、今井ちゃんが駆け寄ったのはブルーのBRZ。ノーズのエンブレムにはガムテープが貼られている。そこへ、なんと片仮名で「ハチロク」と書きこんでしまった。

「今井ちゃんは、あまりにも86バトルに出たかったため、なんと掟破りの作戦を決行。BRZをハチロクに変身チューニング、これでいいのかい!?」

ナレーションの平野義和さんも結構、ノリノリだ。

さらに、リアのエンブレムには「86」と書きこむ。

「これで、ばっちり!」

今井ちゃんの自慢そうな声がかぶさる。

大井貴之君との「因縁の仲」が、86バトルでどんな局面を招くのか。「今井ちゃん」の笑顔がいい!

大井貴之君との「因縁の仲」が、86バトルでどんな局面を招くのか。「今井ちゃん」の笑顔がいい!

そして予選開始。エントリー車の紹介がはじまる。そのトップバッターに、今井ちゃんがチャッカリ、選ばれている。名前もフルネームで紹介されていた。今井清則――そう、記憶に刻み込まれた懐かしい人物じゃないか。 あれはもう17年前の出来事だった。R33GT-Rがデビューして、恒例の筑波で「王者復活バトル」を『ベストモータリング』1995年4月号に設定したのはいいが、持ち込まれたR33 GT-R Vスペックの広報車が、チューニングカー顔負けのポテンシャルに仕上げられていた。ドライバーは清水和夫。ライバルたちの追従を許さない、圧倒的な疾さを見せつけた。

バトルが終わって、ドライバー全員の評価ミーティングが一段落したところで、土屋圭市が切り出した。

「おれは納得いかないね。おれはずっと(広報部から提供されたVスぺを指さして)こういうクルマで取材をやってきた。それでいいクルマだ、素晴らしいポテンシャルだから、とみんなに薦めたし、自分でも購入した。もう2700人からの人が、ぼくらの評価を信じて買っている。だから、本当の性能はどうなのか。おれは市販車だけで、もう1回、真剣バトルをやらせてもらいたいね」

これが「R33広報車事件」の発端だった。この土屋圭市のアピールにこたえて、直ちに舞台を鈴鹿サーキット・東コース(逆バンクコーナーを過ぎると、すぐにショートカットして、シケインを抜けたあたりに合流する)に移すことにした。

当然、R33 GT-RのVスペックは、土屋圭市ご本人のマイカーを動員した。発売されたばかりのR33 GT-Rの方は一般ユーザーから調達するのに困難が伴ったが、幸い、当時の「GTマガジン」(交通タイムス社刊)の杉野勝秀編集長がノーマルを購入したのを聞きこんで、強引に口説いて、協力してもらう。それが縁となって、後年、杉野君は2&4モータリング社に転籍し、「ベストモータリング」の3代目編集長を務めてもらうことになる。このマシンには中谷明彦が搭乗した。

Bee_gtr 同じく、GTマガジン編集部から借用したR32GT-R VスペックⅡには、そのころアルティアGT-RでN1レースに活躍中の桂伸一を指名した。

そして国産最速マシンのライバルとして、NSXにも登場してもらわなくては片手落ちになる。そこでガンさんの熱心な信奉者のひとりから借りることができた。もちろん、ドライバーはガンさんという条件つきで……。

そして、さらにもう一台、大変なマシンが特別参加をしてくれていた。Bee Racing 33GT-Rである。そう、BZRに奇妙なチューニングをほどこしてハチロクに変身させてしまったあの「今井ちゃん」が社長を務めるチューニング・ショップからの提供マシンであった。チューニングの自由度の自由度が高いということでノーマル仕様を手回しよく確保して、やっと試作パーツを組み込んだところで、当時の編集次長・大井貴之が動員をかけたわけである。だから足回りのセッティングはこれから、という段階だった。つまり、シェイクダウンも済んでいない。その上、ローブーストで最高出力が390馬力、ハイブーストでは約500馬力を発生する超化け物マシン。それを大井貴之が調教できるのだろうか。

ま、新しいチューンドRの可能性を探る、なんて殺し文句で口説かれた今井社長、あの頃から、新しいものに取り組む姿勢、ちっとも変っていないじゃないか。いいねぇ。ついでだから17年前の、5台による5LAPバトルで何があったのか、思い起こしてみようか。

まず、インから好スタートを切った土屋マイカーVスペックがクラクションで脅かしながら、桂32VスペックⅡを抜いて第1コーナーへ飛び込むが、すでにガンさんNSX-Rがしっかり前を抑えこんでいた。この時、大井チューンド33GT-Rは余裕をかまして最後尾から、前を行く4台の様子を観察していた。その模様を、当時はパッケージに付属させていた『BMリトルマガジン』に、大井本人らしきライターがこう書き記しているので、引用してみる。

「バトルの相手がみんなドノーマルだってこともあって、余裕こきまくりの走法。とりあえずはR32Vスペ(桂)とR33ノーマル(中谷)の差を車載カメラで説明して、R33Vスペ(土屋)とNSX-R(黒沢)のバトルを実況して、最終LAPの1コーナーで、黒沢NSX-Rをアウトから、F1みたいにバキューンとブチ抜きながら、横になっちゃいながら……。なんてことを考えながら走っているもんだから……」

バトル4周目のストレートで、大井チューンド33GT-Rはスリップに入るや、まさに「バキューン」と土屋R33Vスペをぶち抜いて、トップを行くガンさんNSX-Rの追走を開始した。そこまではシナリオ通りだった。

「まずいね、NSX-R。ここからがぼくの仕事だよ。彼(ガンさん)をひとりにさせないのは……」

ところがのぼりのS字に入ったところでアクセルを踏もうが、ステアリングを切ろうが、ブレーキを踏もうが、出てくる挙動はオーバーステアのみ。さてどうなるか。

このシーンを見たい、との要望に応えて……。

このシーンを見たい、との要望に応えて……。

そう、ご記憶の方もいらっしゃるに違いない。4周目の最終コーナーで、ハーフスピンを制御できないで、そのままガードレールへ吸い寄せられ、「ああ、ピットインしちゃう」と悲鳴を上げ、そのあと、「ゴツン」とやってしまったあのシーン。こうして今井清則社長と大井貴之の「因縁の仲」が始まったのである。これに土屋圭市が絡むと、かならず何かが起こる。今回のホットバージョン118号の「TOYOTA86チューンドカー・バトル」で、17年前の因縁を思い出させるアクシデントが、待っていた。その模様を、日を置かず、レポートすることを、約束しよう。

「ゴツン」とやって、今井社長に謝る大井貴之。因縁はこの時からだ……。

「ゴツン」とやって、今井社長に謝る大井貴之。因縁はこの時からだ……。