「みんカラ」掲載 2012年10月19日
予選が終わって、決勝レースを待つ束の間の休息。世界で初めての「86チューンドカー・バトル」のポールポジションをつかみ取ったAuto factoryのたしろじゅん選手が、峠からやってきた、ふたりの「走り屋おじさん」の洗礼をうけていた。 峠一族の顔役、岡村和義(ヤシオファクトリー)が、ラフな扮装(いでたち)でふらりとパドックまで遊びにやってきた。週2回の走りこみとマシンの軽量化が当たって、最速タイムをたたき出したたしろ君を指さす。何を語りかけたのかは不明だが、
「ちゃんと、この業界のしきたりが判っているらしくて……」
得たりや応、と番長・小林が、「はい、はい」としおらしい返事をしているたしろ君に、一発、かませてきた。
「ね、ね、これわかる? 窓ガラスからこれ(右手で制止するしぐさ)。なにか、わかる? いってごらん!」
右手をマイクに見立てて、たしろ選手の口元につきつける。即座に、受難者が絶妙の間合いで、反応した。
「え、はい、はい。え~と、ヨッ、先行って」
一瞬、時間が止まった。つづいて、周囲で笑いが明るく弾ける。番長、憮然とした表情で、
「岡村さん、こいつ、判ってないよ、業界が……」
そして、つづける。
「ま、タテ社会ってのがあるからな」
「はい、よろしくお願いします」
素直に叩頭するたしろ君。その仕草が妙に素直で、かわいいのだ。途端に、小林番長の頬がゆるむ。背中を見せながら、
「長生きしたかったら、そういうもんだぞ。ぼくもそういう風に我慢してきた」
そうですね。もう一度、頭を下げる後輩に、もうすでに小林番長はこころを許しはじめているようだ。
心の温まる光景だと思う。サーキットライフに情熱を傾注する男たちだけに許される、男臭い交流が、そこにあったからだ。で、ひょいと気づいた。このたしろ君、誰かに似ている! そうだ、この特集のディレクター、仁礼義裕のそっくりさんだよ、と。
決勝レースが始まった。逆ポールのレギュレーションのお蔭で、3番手からスタートできた今井ちゃんが、トップで第1コーナーに飛び込んだことは、すでに前稿で伝えた。第2コーナーから、コカコーラコーナーも無事通過。が、真後ろに、よりよって『因縁の仲』で結ばれたふたり、土屋圭市と大井貴之がつきまとっている。100Rの飛び込みが勝負だ、と今井ちゃんも判断した。そこのところを、今井ちゃんが正直に「コメント」として寄稿してくれたので、若干、ぼくなりのリライトをほどこして引用してみる。
「ハチロクで初めてのFSWレーイングコース。練習走行も周回を重ねる度にタイムアップする。そこで、少しでもトラクションをアップしようと、予選のあと、バトル直前に車高を下げて臨む。それが最悪のシナリオに! 1コーナーのブレーキングが変だときづいた。そこで、コカコーラコーナーは優しく踏む。あ! 後続が一気に追いついて来ちゃった。で、全開に! ところが、4速でレブっている。そこをあっさり土屋さんに狙われた。ここで負けるわけには行かない。無意識のうちに5速にシフトアップしていた。待っていたのは!
ぼくの楽しかった1分間のショータイム。あんなメンツを従えての1コーナー突入は快感♪ 腕が劣る分をこっそりパワーアップした代償がこの結末でした。帰ってから車高を下げたマシンを検証してみると、みごとな『底つき』。お笑いください」
100Rにアプローチした時の今井ちゃんの車載カメラはバッチリ、その瞬間を捉えていた。ドキドキの今井ちゃんに襲いかかるドリドリ。完全に100R のインはがら空き状態。ドリドリがトップへ! と、ナレーションは入ったその時、今井ちゃんの左手は4速から5速の位置へシフトアップしていた。大井からの車載カメラが左へよじれていく、今井ちゃんの似非ハチロクを映し出してみせる。
「なんか、今井ちゃんがちょっとフラフラしてるぜ~。あ、あ、あ~、あっはっは~」
今井ちゃんは懸命にステアリングを右に、左に切って態勢を立て直そうと試みる。が、5速をホールドしたまま。そして、力尽きる。タイヤのスキール音を残して、クルリとリアからコースの外へ弾き出された。ゴツン、グシャリ。停まった。土煙が今井ちゃんを包んでいる。
後方のマシン(たしろ車、山田車、小林車)からのリプレイ映像が、その一部始終を伝えている。マシンの右前がコンクリートフェンスに当たってしまって、走行不能に。
「ぼくの楽しかった1分間のショータイム♪ ホットバージョンを買って、みなさん、お笑いください」(今井清則)
なんて切ないメッセージだ。ぼくも実は、このヘアピンで、EXAとミラージュを、2度も亀の子にしてしまった痛恨の傷跡をもっている。その瞬間を思い出してしまった。あれから、25年が経っても、その記憶はいまも鮮明に刻み込まれている。
ここからは、久しぶりに、大井君の実戦バトルを愉しませてもらうとしよう。ダンロップコーナーをドリドリのアミューズ86がトップで通過する。2番手が大井のレッグ86。3番手にはエボリューションの菊池。各車の差は似た感じだが、少しずつ菊池が迫っている。少し離れてARCの小林号が6番手に。
最終コーナーを立ち上がる。5台が団子状態だ。ここから富士のストレートを使った、名物のスリップ・ストリーム合戦がはじまった。
「凄いよ、これ!」放送ブースでゲスト解説者に早変わりした岡ちゃんの、うれしそうな顔と声が紹介される。と、その瞬間、大井がやらかせてしまう。平野ナレーターが絶叫する。
「しかしここで、LEG大井が掟破りのウインド・ウオッシャー攻撃。やっぱり、相変わらずです」
そのせいか、大井はトップで第1コーナーに飛び込んだ。が、見せてくれたのは、スリップ勝負で3位に落ちてしまったドリドリ。ギリギリまでブレーキングを我慢して、いったん2位に浮上していた菊池号を1コーナーでパスするシーンだ。
2LAP目のヘアピンまでトップを守っていた大井も、菊池に追い詰められ、300Rで軽くパスされてしまう。
「はやいなぁ」
ぼやく大井を、さらに予選トップのたしろ号が左側からパスしようとして、縁石からはみだし、タイヤをグリーンに落とした。
「そこに道はないはずだがなぁ」
へらず口だけは健在な様子。が、ストレートに入るとあっさり、右サイドからたしろに抜かれてしまう。
「あ、速い、速い、みんな速い。ちょっとォ、やめてぇ」
呆れてみせるが、すぐにやり返す。逆にたしろ号のスリップに入って、やり返す。ストレートの真ん中あたりでは、前に出る。
「よっしゃ! でかいタイヤの勝利!」
久しぶりに大井貴之のバトルトークに触れたが、往年の茶目っ気の聞けるステージではなかった。で、そっと「機密事項」を漏らしておこう。この「86バトル」が12月9日、筑波サーキットで「ホットバージョン」の収録を組み込んで催される。詳細は決まり次第、何らかの形でお知らせするとして、そのとき、かつてのベスモを愛好してくれた同志たちと、オフ会を開いたらどうだろう、と思いついたのだが、いかがかな。近くその辺を煮詰めて、告知したい。
なお、この86バトル、大井3位、土屋5位。たしろじゅんは菊池の後塵を拝した。そうか、大井君が予選走行で今井ちゃんのマシンをパスするとき、はじめに「じゅんちゃん」と言い間違えたのは、たしろ君のことだったのか、とやっと気づいた。
(この項、やっと完結)