ポルシェ959

ポルシェ959

一目でこちらのハートを鷲づかみにし、痺れさせてしまうクルマに、久しぶりにめぐり逢った――。

1987年、ベストモータリングの創刊号を出すにあたって、なにがなんでも紹介したかったのが、200台限定生産(最終的には283台)のポルシェ959だった。テスト走行をさせるまでにはいたらなかったが、触ることはできた。そのころのクルマ好き野郎には妙に人気のあった川島なお美を起用して、《素敵なあなた》などと、コッ恥ずかしい通しタイトルをつけてまで、およそ身勝手な連載コーナーを用意して、御殿場のポルシェ・デポまで逢いに行った。ガレージから引き出され、朝の光に包まれ、グイッとうしろ足を踏んばるシルバーのポルシェ959。対面するだけで痺れてしまったのは、あの時が初めてだった。

maou_2そして、今回。その茶褐色と黄色が斑らに絡み合ったカラーリングのマシンから、なんとも妖しげなオーラが立ち上っている。行書体で描かれた「魔王」の文字のその奥から、静かではあるが、何かがチロチロと燃えさかっている目玉でこちらを見ている。地を這うような姿勢から、グイと張り出したリヤのスポイラーが、959を連想させた。ライムグリーンのシーサーインプレッサだって悪くない。フジタのFDだってなかなかなのに、このマシンと並べられると、いまひとつ、おとなしくなってしまう。アルボーのS2000にいたっては、同じ車種なのに、まるっきり少年っぽく見えてしまう。

そうはいっても、ここはファッションショーのステージではない。勝負は走りだ。ところが、前回、紹介したように、1時間のセッティング走行で、底知れない走りのポテンシャルをみせつけたのが、J’s Racing S2000であった。初戦のワイルドカードでは土屋のドライブ、305のワイド・タイヤを武器に、1本目こそドローだったが、ポジションの先行が与えられ2本目では、左90度コーナーをうまく攻めて谷口信輝ドライブのアルボーを降した。
べたつけ
勝ち上がった準決勝は、織戸学のドライブするC-SERインプレッサ。高速セクションで、J’sのV-TECサウンドがひときわ轟いた。1本目も、2本目もJ’sが圧勝。織戸がぼやく。
「勝負にならないよ。先に出たのに、コーナーひとつで差がなくなった」
J’sの切れ 味のいい走りにも、この段階で、すっかり心を吸い取られてしまった。この走りはまるで「妖刀村正」のようじゃないか、と。

いよいよ、決勝が待っていた。相手はMCRのR35GT-Rに競り勝ったFEED-FD3S。ドライバーはノブ谷口。2台がドリフト走りでタイヤを温めながら、スタートラインへ移動していくのを見送るJ’sの梅本社長とFEEDの藤田社長が、こんな会話を交わしていた。
梅本「何回、これ、やっているんでしょ」
藤田「4回目じゃないですか」
梅本「また、たこやき対決ですわ。はい」
J’sも、大阪から遠征してきたのか。わたしの中で、なにかが弾けた。が、その時はまだその正体を把握できないで、オリダーの解説に耳を傾けていた。
織戸「勝負はヘアピンの左立ち上がりコーナー、あそこで決まります」
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スタートを前にして、おのれに言いきかせるように、土屋が呟く。
「がんばろう。ノーミス、集中」
1本目。先行するJ’s。加速はFEEDが有利。しかし、最初の左コーナーのブレーキングはJ’sが奥まで行ける。コーナーボトムスピードは互角。が、ヘアピンへのアプローチ・ブレーキングでJ’sが引き離す。
ナレーションが、緊迫した状況を伝える。
「勝負どころの左90度。2台ともきれいに立ち上がった。J’s土屋はブレーキングで築いた差をキープしたまま、最終コーナーへ。1本目はJ’sの勝ちィ」
カメラは拳を突き上げ、次に拍手する梅本社長を捉える。その表情に、万感がこもっている。なにが彼をそこまで駆り立てているのだろう。わが心を吸い取ったマシンの創り手だけに、気になった。そういえば、この「魔王決定戦」の導入部で、彼は静かな口調で「魔王、取り返しにきました」と、いい切っていたではないか。それに呼応して土屋の、このマシンを操るサマは、いわば「降臨」もの。なにかが、間違いなく後押ししている。それがわたしの直感だった。
魔王のリヤ10tutiya_win2本目に入る前のひとときの休息。谷口が「やっぱり、カーブでジワジワと離されますね」と報告をいれる。それを受けて、大きく息を吐きながら「現役以来だよ、こんなに集中してるのは」と、土屋が応える。FEEDの藤田がため息混じりに梅本へ語りかける。
「やっぱり、305には勝てませんか」

2本目。今度は谷口のFEEDが先行する番だった。1コーナー奥の切り増しポイントでJ’s土屋がピッタリと背後にはりついた。抗う谷口は2速キープで応戦する。土屋の車載カメラが谷口のブレーキングで点滅するバックランプを映し出す。なんという緊迫感だ。ヘアピンはJ’sが優勢。しかし高速セクションではFEEDが突き放す。が、最終で猛プッシュする土屋。こんなに猛々しい姿を剥きだすドリキンを見たのはいつ以来か。ゴールを2台が団子となって駆け抜ける。J’s が魔王となった瞬間だった。

「よし!」両腕をつきあげてマシンから降り立った土屋の腕の中に、J’sの梅本が「ありがとうございます!」と叫びながら飛びこんだ。それを周りの全員が祝福する。まるで鈴鹿やFWSのビッグレースを制した時のシーンが、そこにあった。歓びがはじけ、群サイが一つになっている。
形通りのセレモニーが済んだところで、土屋が「新・魔王」に問いかける。
「梅ちゃん、どうですか? 久々に帰ってきて、2年ぶり、王者に返り咲いて」
「はい、2年のブランクで……ほんとに」声を詰まらせる梅ちゃん。
「ゴールした時、涙ぐんでいなかった?」
「いや、もう、泣いちゃいましたよ」
そこで土屋が座をしめくくった。
「レースで勝っても泣かないくせに……いいクルマ、つくるね。本気でつくったところは、違うよね」

梅本遼一場面が変わった。大阪・茨木市にあるJ’sレーシングのファクトリーで梅本社長がホットバージョン編集部に、今回の魔王マシンについて、真正面から淡々と語っている。このあたりの仕掛けが「ベスモDNA」が生きている、と思えるほどの濃い内容なので、ここに収録しておきたい。

「前回までは、やはり、群サイに前乗りしたり、近所の峠を走りまわってセットを出しとったんですけども、スピードレンジの次元があがりすぎとるくらいあがってきているので、サーキットに持ち込んである程度のセットを出して、最終的に峠でチェックするという形にセットアップの方法を変えてみました」
ある領域から、峠とサーキットとの隔たりはなくなる、というのだ。
「サイドボディを生かし切れる脚ではなかった、と気づいて、ジオメトリーの変更はもちろんのこと、ダンパーと、あとはスプリングのレートを、今回、かなり上げてきました。だから跳ねてしまう」
迷いはあった。タイムをもとめてくると、どうしてもワイド(ボディ)であるため、スプリングレートはあがってしまう。だかた、当初、土屋が跳ねて怖い、とアピールしたわけだ。
「今回は、タイヤは正直、まだ余裕があるくらいなんで、まだもう少し、コーナースピードはあげられると思います、逆に」

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*当時、無敵を謳われたRE雨宮RX-7を破って新・魔王になった時のJ’sレーシングS2000

HVが最後に問いかける。魔王号のさらなる進化はあるのか、と。
「リヤの跳ねであったり、もうちょっとのりやすいクルマで、同じタイムがだせればな、と思っている。あと、リヤのトラクションがまだ、足りないので、もうちょっと、それを克服したい。もう、永遠に、多分、終わらないんじゃないかな。敵がだれであろうと、どんどん進化していくのが、ぼくの意地です」
梅本淳一、45歳。2年前の衝撃的な、不祥事に巻き込まれ、昨年初めに無罪判決をかちとってから1年――不屈のかつての魔王が、一皮も、ふた皮も剥けて復活した。その復活を、かれは新しい出発と捉えている。そんな、生きざまを、今回の「峠最強伝説」から読み取ることができた。

改めて、彼が無敵の魔王「RE雨宮RX-7」を破った号、Vol.93を取り出してみた。
同じS2000なのに、全く別のマシンのように見えてならなかった。苦境から這い上がってきた男の強さ、意地というものを、クルマを通して、久しぶりに知ることのできた濃縮された時間。手ごたえがあり過ぎた。心拍数は上がりっぱなしだよ。