わが闘走 act.35                            本文へジャンプ
1987 ミラージュCUP熱狂参戦第2年目
87富士フレッシュマン第1戦・EXAレース(1月25日)  私、局長の代理で走りました

 粉雪が横殴りに吹きつけた。いつ止んでくれるのか。西の空は真っ暗だ。各コーナーに融雪剤を撒いて、なんとかしてレースを成立させるべく、 FISCOの関係者が努力していた。

哀れな失業ドライバーに愛の手を!
 1月25日午前9時。とっくに第1レースのパルサーの予選が始まっていていい時間なのに、コース上にいるのは、路面状態を確かめるために周回する2台のマーシャルカーだけだった。
「畜生! ついてないよなぁ」

 ぼくの傍らでこうぼやいている青年。恨めしそうに暗い雪空を見上げる。今回に限って、わがベストカーEXAでエントリーした「代役ドライバー」の加藤隆弘くん。22歳である。長髪、一見ミュージシャン風。昨年までRS中春からEXAレースに出場していたドライバーで、特に86年の第1戦ではせっかくポールポジョンを獲得し、決勝でも最終周までトップにいながら、100Rでクラッシュ、無念の涙をガボッと飲んでしまった貴重な経験の持ち主。それでも次のレースでは予選4位、決勝2位と結構やってくれるドライバーなのだが、どういう訳からか、シーズンの後半に入ってからは良い成績を残せないでいたのだ。
獅子座、タツ年と元気のよい星を持っていながら、雨が降ると、もうからきしダメになる男。そんなこんなで、借金も溜り、自分のマシンを売って、それに当ててしまったから、自分の力では、もうレースに出れなくなったし、そんな調子だからどこからも声のかかってくるほどのドライバーでもない、いわば悲しき失業ドライバー。
「どうだ、RS中春のマシンとベストカーのそれと、どう違うか試してみるかい?」
 同情したのがいけなかった。
「お願い! ぼくの仲間の田部靖彦ほど速くはないけど、クルマを壊さないことで有名ですから!」
 そんな経過でフレッシュマンの第1戦を迎えたのだが、生憎の悪天候。ウエットに弱いと定評のある加藤くん、いっそレースが中止されたほうがよかったりして……。
 ところが60分遅れで予選が開始された。まだ路面の凍結したコーナーがあったりしてパルサー、ファミリアのレースはノロノロ運転。元気のいい奴は哀れ、コーナーのあちこちで消えていた。が、EXAの予選開始のころには雪も小降りになったし、前のレースでレコードラインにはドライに近い道もできていた。
「行くっきゃない!」
 声だけは元気よくコースインした加藤くんだが、走りは安全運転。特に年度の変わった第1戦は当然、好成績をのこしたドライバーがかなり抜けてしまうものだ。もちろん「51歳のフレッシュマン」もミラージュ全11戦にステップアップしてもういない。加藤くん楽勝のケースなのに!

 P・Pは「ぼくがとってみせますから」と、自ら予言していた24番の星崎一浩、このところ伸長著しかった若手グループがそれに続いた。B砂子智彦、R移川太一、D木村臣吾。加藤の名前がなかなか出てこない。やっと22位に! あの塩尻からのS百瀬孝仁は24位とまだふっきれていない。ご贔屓小林里江ちゃんの跡目を継いだA清水佐織ちゃんはダートラからの転向組だが、ステアリングをこじる癖が出て、予選最下位。
 で、いよいよ決勝というときになって、天候があっという間に回復してきた。さあ、加藤の出番だ! という訳で1コーナーに陣取ったぼくの目の前でI加藤のごぼう抜きがはじまったのだが、そのへんは本人が真面目にレポートしてきたので、それに替えよう。

レース中盤までは大追撃を演じる                    Report by T.Katoh
初めて乗るクルマだから、練習走行前の車体整備は、特に入念にやった。ブレーキパッドはユミマックスからウインマックスに交換した。その作業のためフロントタイヤをはずしてびっくり。なんとローターが傷だらけでひどい状態。局長の最終レースで、後半からブレーキがきかなくなったといっていたが、このローターの状態では当然!ホールドのいいバケットシートはピッタリ。エンジンも小気味よく吹け上がる。
 雪の中の予選は濡れた路面に合わせてポテンサの71にするか、ドライで性能を発揮する61にするか迷ったが、とりあえずサスを雨用の柔らかいのに交換、タイヤも61の空気圧を下げて待機した。最後の決断をする時には空が明るくなった。61だ!

第1コーナーのI加藤は10位まで浮上
 それが失敗のもとで、ズルズル滑るコーナーで恐怖感にとらわれてしまい、からだが硬直してマシンがコントロールできなくなった。だが予選の結果が悪くても、闘志を失うどころか、なぜかもうひとつ心がたかまっていった。
 スタートは局長の指示通り回転を3000でクラッチを繋いだ。スムーズに前へ。まず3台をパス。第1コーナーではインにもぐりこみ、260Rから100Rへ。その時、45番仲田昭夫がスピンし、そこへ中団グループが。2台、3台と巻き込まれ、コースいっぱいにとっ散らかった。行き場のなくなったぼくはイン側のダート走行を余儀なくされた。うまく逃げた。しかし離されてしまった。追った。12位。この調子なら、7周に短縮されたレースだけど、入賞の可能性なきにしもあらず、だ。
 ところが10位にまで浮上した4周目のシケインを抜けたところで、突然エンジンがバラバラと変な音をたて、吹け上がらなくなった。
 取り合えず、様子を見ようとスローダウン。せっかく抜いてきたクルマにつぎつぎとパスされる脱力感。ピットイン。なんとプラグコードが1本抜けていた。まいったな!

 これまでエンジンを壊さないで、レースを楽しむのが目標だったから、そんな単純なミスだったことにホッとした反面、とても残念だった。これでぼくのレースはあっさりと終わってしまった。もう一度、ベストカーEXAで挑戦できたらなぁ。                                 (ベストカー87年2月10日号)

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