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| 新・編サンが懲りずにレースにレーサー=茨の道を行く! |
人間、これで1巻の終わりっていうとき、どんな ことを考えるんだろうか? たとえば、具志堅用高がフローレンスにKOされたよね。 ポカスカ殴られて、マットに尻もちつきながら、何を思ったか? すごく興味があるんだけれど。
それというのも、編集部の連中におだてられて<日産レーシングスクール>に正式入学したのはいいが、ピットから飛び出したすぐの第1コーナーで大スピン。あとで考えてみれば、タイヤもあたためないうちから全開で突っこめば、だれだってクルッといくよナ。 そんなこともわからず、3速から2速へヒール&トウで落としたら、あっという間にクルマは左にもっていかれ、「いけねェ」と思うだけで右足は金縛りさ。チョンとアクセルを踏んでやりゃあ、どうってことなかったのに、それができないから素人は悲しいよね。
ほかのクルマにぶつからないように、ぶつけられないようにと祈ったね。あとはクルマに身を任せて止まってくれるのを願うだけだった。その時、なぜか「2月28日が編集長の命日!」ときめて、喜んでいた憎い編集部の奴らの顔が、一つ一つ浮かぶ。
いやぁ、スクールの受講生はみなさん速いですな。スピンしたBCGサニーをたてなおしてコースに復帰したけれども、バックミラーに映る後続車がみるみる大きくなってくるんだからいやになっちゃうぜ。
こんな場合「ヘタにコースをかえる必要はない。勝手に抜いてくれ――という感じでインをトロトロ走れ」辻本校長のアドバイスを忠 |
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富士スピードウェイのヘアピンに挑む |
実に守りながら、300Rから250Rを抜けると、さあ、スタンド前のストレートが待っていた――と、本誌お得意の「だめドラ」風に書いてはみたもののじつは……。
ぼくはこの日のために、3日前から愛車のAT車(そう、あの悪名高きアルピナTAXI)に乗らず、マニュアル車に乗り換え、クラッチのミートタイミング、シフトワーク、ヒール&トウなどの練習をこっそりやっていたんだぜ。これで足慣らしは充分。
とはいうものの、やはり緊張していたんだな。東名を走りながら、音楽を聴くのに、ハードなやつか、ソフトな曲でいくか迷ったものだ。ジャニス・イアンかペリー・コモで行こうか?
御殿場ICを降りたら雪。いやな予感がしたね。風にあおられて道から雪が舞い上がってくる。でも、FISCOの受付に着いたら、みんな熱心なんだね。40台近いクルマがすでに行列をつくっていた。
もっとも、次の日がフレッシュマン第1戦。予行演習にもってこいの機会だ。そのくらい、いれこまなければ強くなれないのだろうか。それにみなさん若い。20〜24歳。45歳のぼくがマジにやるのも、なんとなく違和感があるけれど、レースも恋も年齢じゃない。要するに心の問題だ……と己れを励ましながら、ゼッケン46をも
らって、ゲートをくぐったわけさ。 |
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さて話を直線1・5kmにもどそう。
「2周したらピットに帰ってきてくださいね。プラグをBP9EVと交換するから」
当日のピットマンをつとめるメカ担当のマス坊の指示を思い出しながら、直線から第1コーナーへ。この時のブレーキングポイントを確認しながら。で、1周してピットに帰ると、マス坊の動きの生き生きしていること。レンチを巧みに操って、プラグを交換。「さあ行け!」と気合いをかけてきた。
ところが、コースインしてもいっこうにエンジンがフケ上がらない。5000回転が精一杯。「こりゃ、ダメだ」 |
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再びピットインして、点検したところ、1気筒が死んでいて、プラグがびしょびしょだった。なにせ、1年半前に組み上げてから、スリテックに預けっぱなしだった。クルマの方だって、不機嫌になっちゃうよ。
■エンジン快調、コンディションも最高なれど
昼休みを利用して、どうやらわがBCGサニーは復活してくれた。午前中は3周しただけで終わってしまったが、さあ、これからが本番だ! いよいよタイムアタック開始だ。 ストップウォッチ片手に、マス坊がいってくれた。 |
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「局チョー、前の編チャンは2分20秒台でしたよ。負けちゃダメですよ」 冗談じゃない。腕の違いを見せてやろうじゃないか。
1周目、アドバンHF−Rのすごいグリップに感嘆しながら、各コーナーをフルスロットルに近い状態で抜けたつもりで、直線へ。ピットを右にチラリと見遣りながら、グァーンと迫ってくる第1コーナーへの闘争心をかきたてるつもりで、もうこれ以上踏めないくらいアクセルを踏んづけてやる。
タコメーターは、7000回転のちょい手前、速度計は170km/hを越していた。
4周したところで、再びピットイン。「調子はどうですか?」とやや興奮気味に近づいてきたマス坊、「直線のブレーキングをもっと遅くしなくちゃダメですよ。あと15mくらい、左の塀がきれるあたりまで我慢して!」
「おれを殺す気か!」
「みんながやっているんだからできないはずはないでしょう!」
「ところでタイムは?」と聞いて正直おどろいた。
1周目、2分8秒75。2周目、2分7秒96。3周目、2分6秒79……と1周走る毎にタイムが1秒アップしているではないか。「よし、行くぜ!」
特に心を配ったのは、100Rから250Rにかけて車首をインにむけながらヘアピンに突っ込むときだ。TS、T、Pの3仕様のクルマが45台。ある時は競い合い、ある時はお互いをかばいながら、富士の裾野で一つに融け合う。これだよ! モータースポーツの愉しさは。
結局、8周目に出した2分1秒64が最高タイムで、あとは2〜3秒台をウロチョロしていた。無責任にもマス坊は「2分の壁を切りましょう」とハッパをかけてくれたが、緊張感がつづかず、ギブアップ。2分を切る楽しみは、次回のレーシングスクールまでとっておいた。 |
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もうこの時から、黒沢さんがいつもそばにいてくれた |
辻本校長が最後にマル秘テクニックを教えてくれた。
「第1コーナーに入るとき、どこを見ていますか? 奥を見ちゃダメ。路面を見ていれば怖くないはず。これだけでも1秒は短縮できますよ。あとはジムカーナなどでGをうけながらも、冷静にコントロールする技術を磨くといいですね」
この45歳、たとえどんな茨の道であろうとも、トコトン行ってみせようか。
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