私は子規の孫ということになっているが、正確には私の父が子規の死後、子規の妹・律の養子にはいっているので、戸籍上子規の妹の孫ということになる。血のつながりでいえば、父は子規の従弟に当たる。幸い子規については多くの研究がなされており、正岡子規家の系図は子規から遡って8代前までわかっている。
初代からの系図を順に記すと@梅室道寒禅定門、A寺路良久B寺路将重C正岡常寅D正岡常一E正岡常武F正岡常尚G正岡常規H正岡律I正岡忠三郎J正岡明K正岡沙羅。
初代は名前以外不明だがAの寺路良久は今治の手代、Bの寺路将重は今治の波止浜の手代で後に正岡姓を名乗る。C正岡常寅は風早郡の元締D正岡常一は京へ上り、千玄室に入門し、茶人となる。正岡常武は江戸で鎖鎌の名手となる。F正岡常尚は常武の孫養子で御馬廻の下級武士、子規はこの父親のことを「武術にも学問にも秀でず、大酒飲みであった。」とあまり良く書いていない。
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「子規の墓」と並んで「累代墓」も |
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