幻のルーツ 風早と久万山をゆく 第3部 1

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                                         Photo by S,Ikenouchi
河原村の田中一族と渡部一族
舞台でいえば、第2幕、となった。

予定通りに、平成12(2000)年6月5日(月)からの週を、念願の風早郷訪問のための休暇とした。松山空港から1キロほど離れたトヨタレンタリース愛媛で、白のヴィッツをピックアップして、いよいよ「血族」たちの記憶を呼び覚ますための一人行脚にとりかかった。

『四国・花へんろ』という標語を、街のあちこちの観光ポスターや、辻々の石碑で見かける。菅笠を冠った白い遍路姿のいくつかを、国道196号線を北上しながら追い抜いた。堀江の町を過ぎると、いきなり朝の光る海が、左手に現れた。島影は興居(ごご)島か。それが、粟井の坂に差しかかった証しだったのに、天侯に恵まれ過ぎて、風の色が変わる実感はなかった。

一旦は車を駐め、粟井の井戸と、「涼しさや 馬も海向く 淡井坂」と石に彫り込まれた子規の句碑を確かめてから、北条市役所へと先を急ぐ。10時までには到着して、面倒な取得手続きを午前中で終わらせておきたかった。
戸主・田中嘉蔵を軸としたドラマがはじまった……
市役所で応対に出た市民係の青年の胸章に「正岡」の名が刻まれていた。正岡氏族の本拠地に踏み込んだ実感が高まってくる。眉の濃い、目の涼しい、清々しい風貌の青年である。手際よく3通の戸籍に関する書類を複写してくれた。嶋津良枝さんから送られた「福岡県鞍手郡直方・正岡重吉」の「除籍謄本」と「改製原戸籍」が通行手形となって、まず、戸主・田中嘉蔵を軸とした田中一族の「除籍原本」が眠りの世界から引きずり起こされた。なぜか、父・徳一の話の中では、田中一族に関する情報は寂しすぎた。祖母方との釣り合いが取れないとでもいう感じは否めなかった。
 愛媛県風早郡河原6番戸 明治10□年7月14日代替リニ付キ改写ス
●明治13年1月30日 相続ス           
                                                                                                   父 利平 長男
  明治30年1月19日死亡         戸主   田中 嘉蔵       萬延元年4月13日生

●                    亡祖父 吉右ヱ門長男
                      父    利平               文政11年8月21日生

●明治五5年以前當県和気郡大栗村光宗楢蔵長女人籍ス  
                     利平 妻
                      母    カメ                天保5年2月3日生

●明治26年4月8日當県上浮穴郡明神村大字西明神正岡周平養子                                                 父利平 次男                       
                      弟    重吉               慶応元年6月9日生

●                     父利平 3女                          
                      妹    ツル                明治2年9月10日生

●明治21年7月28當県和気郡福角村高橋久蔵長女入籍
 明治22年10月12日當県和気福角村高橋久蔵方へ離縁復帰ス              
                      妻    ヨウ                元治元年5月6日生

●明治23年當県當郡當村大字河原田中糸次長女入籍ス
                      妻    チヨ                明治5年8月20日生

●                     長女   サカヱ              明治25年七月28日生

●                     次女    カヨ               明治28年2月9日生

●                     三女    トクヨ              明治31年1月13日生
胸章の「正岡」の文字が印象的だった ここが難所中の難所だった粟井坂

 やっと祖父方の「田中一族」の詳細な顔つきが見えてきた。まず、重吉の兄・嘉蔵が20歳で家督を相続し、37歳の若さでこの世を去っていること。そうした不幸な事態でありながら、弟の重吉がすでに正岡家に養子に出たこともあってか、田中家を相続した気配はない。嘉蔵には幼いサカヱ(当時5歳)を筆頭に3人の女児がいるだけではないか。 その疑問には2枚目の除籍原本が答えてくれた。次男の重吉が復籍する動きもなく、嘉蔵の長女サカヱが5歳で相続している。明治30年7月14日の日付けである。ここからが、かなり複雑な、異様な家庭環境が露われてくる。まず夫を喪ったばかりの母親・チヨが明治32年5月3日に河原9番戸田中權七と婚姻の届け出をして、除籍されている。新しく養子を迎えたわけではなかった。5カ月後に10月3日、祖父の利平が逝く。遺された三人の幼女たちはどうなったか。


正岡重吉の付箋3枚にこめられたもの
 明治33年1月、後見人が職に就く。河原13番戸の田中栄吉である。多分、かつての河原村の庄屋の家柄であろう。同35年3月、本籍地が変更されている。13番戸にか、それとも322番地へ、か。サカヱの欄は付箋で一杯である。「明治45年1月24日、温泉郡素鵞村大字立花157番地戸主渡部菊次郎3男岩吉卜人夫婚姻及ビ岩吉家督相続」の届出があって、同年2月、後見人・田中栄吉任務終了届出。ここは想像の域を出ないが、叔母のツルが明治30年の7月に当郡三津浜町大字広町斧友治妻ニ嫁していながら、34年4月には協議離婚して河原へ戻っている。幼女たちの面倒はこの女性が見たに違いない。そして36年には332番地に分家している。

明治40年、養子縁組解消……?
 3枚目の「正岡重吉」のそれも、たっぷり書き込まれた付箋が、様々な事情を語りかけてくる。なぜかぼくには、呻きにも似た声になって、聞こえてくるのだ。
 ●本籍地 愛媛県温泉郡粟井村大字久保365番地
明治26年4月8日当県風早郡粟井村大字河原田中嘉蔵弟父利平二男入籍
明治31年1月7日当村大字西明神正岡慶三兄養父周平養子分籍ス
明治35年6月18日當県上浮穴郡明神村西明神53番戸ヨリ転籍届出受付入籍
明治39年9月22日温泉郡粟井村大字久保437番地ヨリ転籍届出同日受付入籍
明治40年9月1日当村大字西明神53番戸慶三養母正岡ユキ養子協議離縁届出
明治40年10月19日上浮穴郡明神村大字西明神571番地ヨリ転籍届出入籍
 福岡県鞍手郡直方町大字直方66番地ニ転籍届出大正7年1月23日受付全戸除籍
                               戸主    正岡 重吉  慶応元年6月9日生                                                    分家に因り明治31年1月7日戸主トナル

●明治31年1月10日当村大字西明神正岡慶三父周平養女当県風早郡粟井村大字河原渡部長五郎弐女人籍 
明治40年9月1日当村大字西明神五十三番戸慶三養母正岡ユキ養子協議離縁届出

                             父 渡部長五郎 弐女
                            母    コマ
                               妻   クラ      明治5年4月12日生
 長男の順吉、弐男の重徳、長女・キミエ、三男・徳一、四男・鶴一、五男・亀一、六男の兼一までが、そっくり一団となって、この除籍簿に登録されていた。特に注目したのは六男・兼一の出生届が粟井村久保でなされ、受付吏の印が「門田」とあることだ。「門田」はこの地域特有の姓だから、間違いなく、この時期にはまだ久保で暮らしていた証明となる。

 また、重吉の西明神入りがクラに先駆けること5年も前だったという事実をどう解釈すべきか。そして、養母正岡ユキとの協議離縁とあるが、周平さんはどこへ行ったのか。そして重要な事実が記載されていた。それまで西明神の地番が53番戸だったのが、転籍する明40年10月の項では「西明神571番地」となっている! つまり、これまでの追跡結果である正岡侶則さんの居住番地そのものと一致したのである。ということは正岡周平――慶三――公平――侶則の四代が1本の線で繋がったわけだ。

 もう迷うことはない。真っ直ぐ、上浮穴郡久万町西明神へ直行したいところだが、念のために、久万町役場で「正岡家」の戸籍を取得し、照らし合わせてからのことである。

 もちろん、北条市役所で「渡部一族」の戸籍も取得した。長五郎さんの亡き後は、長男の岩五郎さんが継ぎ、さらに岩太郎さんの長男である桂さんが家督を相続したところまでは順調だった。変調の因は太平洋戦争だった。昭和17年2月9日、桂さんは「比律賓呂宋島沖の戦闘で戦死」してしまう。28歳の若さだった。家督は昭和12年生まれの岩男さんが相続したところで、改正原戸籍は凍っている。ところが「ゼンリン住宅図」を開くと、該当する「河原217番地」には岩男の名はすでに亡く、その弟・隆男さんの名が記されている。間違いなく、ここでも凶々しい異変が起こっている、と直感させられてしまう。

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