風早郡 古(いにしえ)は風速と書(き)たり、と。
「風速」か。なんとも心に響く字面である。
父・正岡徳一は1976(昭和51)年の正月、70歳で逝って、もう25年(この記録に取り組んだのは2001年)が経ってしまった。
その前年の春、ぼくは週刊誌の編集次長から総合月刊誌の編集長に選ばれ、いわば編集者としての充実した日々のさなかにあった。妻と間もなく2歳になる一人娘を伴って八幡へ里帰りしたのも、父の容態を伺うことと、中学時代の旧友たちと、そのころ夢中になり始めていたゴルフの腕を競い合う約束ができていたからだった。
脳梗塞で入院治療をうけていた父は、正月休みくらい家族と一緒に暮らしたら、と医師の勧めもあって北九州市八幡東区の自宅に戻っていた。 昭和50年が終わろうとしていた。 |
 |
| 競輪選手風の父・徳一。20歳の頃らしい。一家で自転車競技に熱を上げていた。 |
|