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正岡会とは?
正岡会は「正岡姓のあるもの」「それに縁のあるももの」「出身地・家紋は問わない」「正岡氏の歴史に興味をもつもの」なら、どなたでも入会できます。 |
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正岡一族ゆかりの史跡の一つ。愛媛県今治市玉川町竜岡下明見前の「天神社」は 松山と今治を結ぶ317線と、菊間・北条を結ぶ17号線が合流した地点にあり、境内脇には幸門城に拠って滅びた正岡一族を供養する墓標が現存する。
「正岡祭り」第1回参加者は、北条宮内・高縄神社での祭典を終えた後、3台のバスに分乗し「ゆかりの史跡」を巡った。仕上げは道後温泉での懇親会。出席者は200名に膨れあがっていた。 |

天神社宮ノ台「正岡一族」供養塔 |
巻頭に「正岡一族の誓い」がある。首城・幸門城の前線基地であった鷹取城の城主・正岡経長とその妻が、1585年落城、自決の際に残した誓いの言葉(吉祥寺伝)だという。
経長 われは国家安康、災難消除、人畜平安を守る。
奥方 わが霊は永遠に妊婦を守り、安産をとげさせ、男児には福徳知恵を、女児に は端正麗姿を与える。
正岡会世話人会はこのふたりの言魂は正岡一族が受け継ぎ、長く伝えていくことを申し合わせた。 |

鷹取山城址 |
| 正岡祭りの当日(2004年7月18日)、一族発祥の地風早郷・高縄神社境内にある舞楽殿で、この式典の歌「海と山 正岡一族」が披露されました。作詞・作曲は正岡昭さん(会長・徹さんの長兄)。さらに懇親会では、全員が手拍子を入れながら賑やかに合唱する宴会歌「のぼるさん」も披露されました。矢吹母娘が絶妙のエンターテインメントを発揮して会場を盛り上げてくれました。そのショットはマウスを右の写真に当てれば現れます。 |
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第1回正岡祭で、語り合ったことの一つに、みんなで、われらが聖地・ 幸門城址に登れないものだろうか、があります。つまり、頂上への道を造り沿道と頂上の広場に桜を植え、花見の宴を開こうじゃないか、というのです。その夢の実現に向けて、世話人会の有志が踏み出しています。
幅2b、全長240bほどの道が、通じたものの、台風や集中豪雨に見舞われ、せっかくの道が部分決壊したり、植樹した桜の木が流されてしまったりと、力が抜けてしまうニュースに見舞われています。それでも2008年の正岡祭の時には参加者全員が「登城」できるよう、頑張っています。 |

登城口もすっきり整地され車でも入れる |
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