以上が「越智郡」から拾い出した「正岡氏」に関する情報であった。なんとふくよかで、セピア色の映像までもが浮かび上がって来そうな、痕跡ではないだろうか。
30騎を率いて、山城から出撃する武将の姿が、見えて来るではないか。風の色、空気の冷たさまでもが感じられる、はじめての「情報」だった。あとは、さらに考察を深めてから、現地へ翔ぶしかないではないか。
この項の最後に、正岡氏の最期を伝える記述を発見したので、付記したい。丁度、400年前の出来事であった……。
高縄城跡 北条市米之野
高縄山(986メートル)の山頂、現高縄寺境内の山上平坦部の地と推定される。越智氏の後裔河野氏の根拠地河野郷を守護する重要拠点。(中略)慶長五年(1600)加藤嘉明が関ケ原の戦に参加した留守、河野氏再興を企てる挙兵が伊予各地にあり、高縄城では正岡重氏が風早の牢人を率いて戦ったが、加藤家の将佃十成らに破られ、以後高縄城は荒廃した。……
「重氏」なる武将に、どうすれば逢えるのだろう。高縄城址にも、ぜひ登ってみたい。 |

重茂城址からの眺望は抜群。これなら瀬戸内海の動きも素早く把握できよう |