いま城趾には、至る所に空堀(深さ2〜3b 、幅1〜13b )が残り、本丸、二の丸、三の丸、馬トバセ場なども旧状を保ち、また水の落(馬洗場)という地名も残って、往時をよく偲ぶことができる(『佐伯志・栂牟礼軍記・栂牟礼実録』)。
竹藪から寒椿が一輪、こちらを招いていた。鮮やかな紅色に、心が動かぬはずがない。山頂の台地から南の方向へ、二の丸へ続く細い道が踏み固められてあった。いきなり竹の群生する斜面に出て、下山ルートは登りとは別の道が選べると知った。そして、一輪だけ、早咲きの椿の花を発見したわけである。つい、連れて帰ろう、と手折ってしまう。 山頂の城趾からのパノラマ展望は、もっぱら南西方向に限られていた。特に北の方向は削り取られたような絶壁となっており、その向こうは尺間嶽から彦嶽、姫嶽と繋がり、津久見・臼杵へと連絡していた。なるほど、とだれもが唸るような天然の要害であった。が、ほかに使いようのない山岳部でもあるわけで、幸か、不幸か、佐伯地方には、こうした地形が多過ぎた。水の涸れた沢を、一歩一歩、足元を選びながら、下った。この栂牟礼城山に踏み込んでから、人影一つ、見ていない。不思議な感覚である。自分だけの世界に浸り切った至福の時間を持っていたのである。これまでにない、新しい佐伯の原風景のなかに、到達できたのに、気づいていた。
出発地点とおぼしき杉林に斜めに突入した。ある! マジェスタが道端に蹲っている。ぐるり、栂牟礼山を一周して戻って来たわけか。噴き出る汗が快かった。
摘んできた椿の花も健在である。妻にあげよう。どんな顔をしてくれるかな。
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寒椿が一輪、こちらを招いている

南西の眺望 弥生、本匠方向

佐田岬の白い灯台 |