筑豊に渡った時代が透けて見える
父の遺した片言隻句をたよりに始めた「血族の郷」探しも、やっと本番に入れそうだ。
5月30日には、再び唯一の協力者である従姉の良枝さんから2度目の封書が届いた。「改製原戸籍」である。わが祖父・正岡重吉から家督を相続した順吉伯父の戸籍には、よくもまぁ、と呆れるくらい、親族者の名前が連なっていた。最初の「除籍簿」が13人だったのに較べると、こちらは19人。亡き兄の昭次までが同じ籍の中に入っていた時代があったのだ。目新しい事実はない。四国から筑豊に流れ着いた一族が肩を寄せ合って生き抜いた大正から昭和への時代が、透けて見える。炭坑の街・直方から、新興の工業地帯・八幡に、順吉兄弟が暮らしの地盤を移し、そしてそれぞれが分家していく。ぼくの生まれる前夜、といっていい時代であった。 |

都留一叔父とわが父(右)
直方時代、兄弟は一家を挙げて
自転車競技にうちこんでいたようだ |