1 次回世話人会は11月11日です!
場所は「北条ふるさと館」 |
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2 NewFaceの紹介
- 佳樹さんの膝にのってVサインを送るのは長男坊。3年前の道後プリンスでの懇親会では、ただスヤスヤ眠っているだけの赤ん坊だったのに。
- 右端の笑顔の主は、高好さん。北条・河野小学校の教頭さん。久万系正岡氏。先年は体調を崩して欠席したが、今回は世話人の一人として頑張っていただけそうだ。
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3 菊間「高仙山城址」
城址に建てる石碑と頂上に通じるアクセス研究のため、菊間の「高仙山城址」を探訪して来ました。
- アクセスは菊間町から山側を大西・今治に向かって快適に抜けられるバイパの「種」の標識を目印に。そこから右折すると高仙山の山頂に通じる舗装路が。頂上手前には駐車スペースもあり、麓の住民の配慮は満点。
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| 「種」の交差点を見逃さなければOK |
駐車スペースから頂上までの50㍍はきちんと整備されている。脱帽。 |
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| 山頂の「池原神社」 |
築城400年記念碑 |
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「高仙山城址」からの眺望は最高!
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- 高仙(こうぜ)城跡 菊間町種 東山 種川の上流 標高248.3㍍の高仙山の山頂にある。「予陽河野家譜」によると、永禄(1558~70)頃の城主は池原通吉で、同11年、子の牛福丸(通直)が宗家を継いで湯築城の城主となるとその後見人になり、天正7年(1579)の病没までその勢力の維持に奔走している。通吉のあとに入城した通直の弟通成は、村上水軍の来島通総、鹿島城城代・二神豊前守と対立、そのあと小早川隆景の制圧に合い、落城。総員、壮絶な最期を遂げている。湯築城落城後の高仙城は来島通総の居城となった。 (「日本歴史地名大系39巻」より抜粋)
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| 玉川ダム東側湖畔の道からなら「幸門山」が見える |
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| 昼食は今治の洒落たうどん屋「やすき」で |
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