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第2回正岡祭を目指して  2007年5月20日 世話人会からのお知らせ

2007年5月20日、愛媛県今治市玉川町の「グリーンピア玉川」で、来年7月開催予定の第2回正岡祭に向けて「世話人会」がいよいよ本格的な活動を開始しました。無論、日頃からの横の連絡や、「幸門城址」の道路設置にはじまる桜植樹、管理等で普段の活動は続けられていますが、「正岡祭」を目指しての取り組みとなりますと、また格別のものがあります。報告者(貞雄)などは、早々と16日から四国入りして、県立図書館での調べ物、地元郷土歴史文化研究者との交流、今のうちにお目に掛かっておきたい方々との面談等をこなしながら、当日を待ち受けたのです。

2008年7月19〜20日に4年ぶりに会いましょう!
午前8時、携帯電話が着信を告げます。徹会長からでした。前夜、神戸港を出たカーフェリーは松山・高浜港に午前7時に着いており、すでに風早郷の道の駅「風和里」で同行の弟さん(哲氏)と一休みしているところだというのです。その張り切りぶりがうかがえます。こちらも大急ぎで玉川へ。
午前10時、開会。出席者は徹会長以下、勝富(鍋地)、義人(長谷)、直記(事務局長)、哲(神戸)、克仁(北条別府)、孝一(大西)、重則(重岩さんの子息・北条宮内)、貞雄(東京)の9名。
大枠、以下のことが話し合われ、それぞれの担当を決め、命題を検討して次回(8月5日=場所・同じくグリーピア玉川)で詳細を決定できるよう、準備することとなりました。
1 第2回正岡祭の開催日と記念イベントのテーマと内容について

開催日は海の日を加えた三連休の中で2日間を設定。したがって2008年7月19〜20日の線が好ましい。全国の「正岡さん」の里帰りの一環として定着させたい。
克仁氏からの提案 「正岡祭」の第2回目はイベントを成功させることではなく、新たに若者(伝授者)を取り込んだ、新たな交流による「正岡」の発掘と伝承を目指したい。テーマはそれとの関わりで成立するのではないか。そこでイベント初日は、たとえば「松山市河野別府」の文化の森公園内の「北条ふるさと館」にて「パネルディスカッション」との屋外での「交流会」とし、2日目を「記念式典」と「史跡めぐり」に当てる。
この件については、期日を採用。テーマや内容については、克仁氏を責任者として直記、孝一、重則、聖二が加わって小委員会をつくり、次回までに細案をあげる。
 
2 石碑建立について

右のカットは世話人会に提示されたイメージイラストです
勝富・義人の両氏からの共同提案の形で、幸門城址に高さ3bの記念石碑建立の可能性について説明があった。費用負担等を含めて前向きに検討することを世話人会として了承。その際、「鷹の森城址」の石碑を見ておこうということで、世話人会終了後、現地を踏査した。付言すれば、予想をはるかに超える立派なものであった。
3 「正岡一族」第2集の発刊について 発刊する方向で 貞雄が次回に企画案を提出する。
4 次回世話人会は8月5日です!

グリーンピア玉川
場所は同じ「グリーンピア玉川」です。会の後、希望者で幸門城址や「しろぬしさん」などのゆかりの史跡めぐりをしませんか。
今回から出席の重則さん
5 鷹の森城址と幸門城址に行きました 鷹の森城址は玉川ダムを挟んで、幸門城址とは向き合う関係にありました。鈍川温泉へ入る道を無視して、そのまま朝倉方向へ進むとNTT無線用のケーブル塔の立つ山の頂上にあります。
ちょっと圧倒される「鷹の森」の石碑でした

■訃報 
上田茂雄さんが2007年5月24日に亡くなられました。83歳でした。
 謹んで哀悼の意を表します。
 写真は2004年4月、今治市・市民の森フラワーパークの花見に行かれた時のもので、同行した正岡孝一氏が撮影しました。長年、教職にあって、退職後は郷土史研究に打ち込まれていました。
「正岡一族」の「それぞれの正岡氏・鍋地の項」で、徹会長がこう紹介しています。

「金右衛門三男、上田茂雄は、叔父の上田筆一の跡を継いで今治市在住。正岡家の歴史探索に努力し、今回、覚治以降の鍋地正岡家の123名に及ぶ名簿を完成した」