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正岡氏ゆかりの史跡めぐり:目次


史跡めぐりの位置関係

「ゆかりの史跡」を追って「正岡氏」を識る (クリックで拡大)
1 しろぬしさん(城之主神社) 正岡氏を興した丹後守経孝公を祀った祠と伝えられる。竜岡郷中通の民びとが今も尊崇しつづける「しろぬしさん」のご神体は、一石五輪塔の原点かと思わせる素朴な姿をしていた……。
2 最初の居城 中通城址 《しろぬしさん》のあるお堂から村の中を貫くかつての往還を北東へ、天神社のある歩くと石垣が切れる。そこから檜林の中へ向かって1筋の山道が登り始める。それが、中通城址への登山路であった。
3 最後の居城 幸門城址 城址は幸門山の頂上にある。代々の居城で、天正の頃の城主は右近大夫経政という。河野家の侍大将の一人で『河野分限録』に「越智郡幸門城守。手勢15騎、御旗下組15騎、合30騎」とある。
4 南明禅師隠栖の草庵 嘯月院は伊予の3大禅師の一人、南明禅師が隠栖のために結んだ草庵。この和尚こそ、幸門城主正岡氏の流れである。その出自と生い立ち追っていくと、そこに「正岡一族」の苦悩が浮かび上がる。
5 主家再興の秘密基地 渡P城館 ここには秘められた「歴史の闇」がある。河野氏と一緒に正岡氏が滅びると時、この城館の主・常貞は一族の頭領・常政から重大な任務を与えられる。主家再興の切り札として「将軍の遺児」を守れ、と。
6 鷹取城址 ふたりの正岡紀伊守 さすが「難攻不落」を誇った山城であった。登頂を予定した日に、四国は突然の雪に見舞われ、傍にも寄れない。史書の中でも、攻め手の小早川隆景の手を焼く話があって、なるほど、と感心させられた。