1996年3月。還暦を迎えた記念に中学時代の同窓が、雲仙・島原へ1泊のバス旅行をしようという。参加に返事をしたのはいいが、逢った相手が誰だかわかるだろうか。
それが45年という歳月の重みか。後で、みんなが同じ気持だったと聴いて、妙に安心した。それぞれの終楽章も纏めてみようか。ボクの中で「まほろば」という言葉が定着した、貴重な旅だった。
| 中学に比べて、高校時代の同窓との交わりは薄かった。それだけに、新鮮な関係が生まれて来て、かえって楽しいものがあった。
そのため、1997年からの催しには極力参加するようにした。
そのプロローグは、猪苗代湖畔の「コスモスの海」であった。この時再会を喜び合った松井隆は、もうこの世にない。白髪が見事だった世話役の中村浩も鬼籍に入った。 |
金沢兼六園での東京組と九州組の合流。「会津若松の旅」を読んだら、無性にこの旅に参加したくなった、と何人かに、礼をいわれた。広報効果があったわけで、この回もも、張り切って執筆してしまった。書き出しの「領収書」のくだりがよかった、とわざわざ感想を寄せたくれたのは誰だったか?松井の他、原、属の両君を交えて「朱鷺の台」でGOLFをやっている。
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