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憧れのタルガでアウトバーン&ロマンティック街道を翔ぶ!
 911タルガを、CG誌の笹目二朗氏と交替で。
 
シュトットガルトを振り出しに、初めてのアウトバーン・クルージング。それも天井を取り払ったポルシェで。風とひとつとなって時速200キロ超の世界へ飛翔する恍惚の1日。 
  
 シュツットガルトからミュンヘンにむかって、アウトバーンを南下した。ドライバーはCG誌の笹目二朗さん。ポルシェ911SCタルガのソフトトップは、もちろんホテルを出るときにとり払った。

 頭上で風が鳴る。レモンを輪切りにして透かしたような5月のドイツの陽光が、あくまでも明るく爽やかに、助手席のぼくにふり注ぐ。204psのパワーを秘める911。乾いた甲高いエンジン音が規則正しく、背後から包む。もう10分間近く、ぼくらは同じテンポでクルージングしている。4速、5600rpm、180q/h。メーターの針は微動すらしない。
「いいねぇ」「いいですなア」
 ぼくらの会話はその繰り返しだった。それで充分に、心が通じ合うから不思議だ。
 まず、季節がいい。ヨーロッパは5月下旬から6月上旬にかけて、花々が咲きそろう。雲ひとつない蒼い空がいい。乗っているクルマがいい。速度制限のほとんどないアウトバーンがいい。相棒がいい……etc。

恋人をめぐってジャンケン大会

 ホッケンハイムサーキットでポルシェ944をたのしんだ翌日は、待望の「自由行動」が予定されていた。そこでポルシェ社広報マンのヘーンシャイト氏に、率直に申し入れた。
「内容の充実したスケジュールにわれわれはたいへん満足している。疲労もない。あすは久しぶりの休日だが、ホテルで眠っているつもりもない。もし可能なら、自由に西ドイツのよさを味わってみたい。だが、ぼくらには足がない……」
「わかった。ご希望にそえるよう努力してみよう」
 ヘーンシャイト氏は予期していたように、胸をたたいてくれた。
5月26日午前9時。6台のポルシェがピレリのタイヤを装着して、ホテルのアプローチでぼくらを待っていた。なんという心憎い演出!
  944が2台、928も2台、ソレに911SCタルガと924ターボが各1台。さて、その配分がたいへんだ。11名の自動車ジャーナリストに、評論家の岡崎宏司氏を加えて合計12名。2名ずつがペアになって、それぞれ希望の車種ごとにジャンケンする。商売気からいえば、レポートしやすい944だが、ほんもののポルシェの味を堪能するなら、なんといっても911SCタルガだろう。
 ホテルのロビーで時ならぬジャンケン大会がはじまった。西ドイツの人からみれば、なんとも奇怪な〈競技〉にちがいない。怪訝な面持ちのヘーンシャイト氏に、勝負の定理をレクチュアする破目になる。

 944をかちとった幸運児のひとり、カートップ誌の宇井青年(いまではベストカーを支える編集委員)が、911組のぼくらに巧妙な提案をする。
「ぼくたち、944の写真撮りとちょっとした試乗で結構です」
よかったら、どこかで待ち合わせて911と交換しましょう、という。 ホテルのフロント嬢と記念撮影
 なるほど。宇井青年は359のオーナーだった。大いに心が動いたが、待ち合わせるといっても、異国の地、ここはやはり目的もなく、古典的ポルシェでアウトバーンを漂ってみたいじゃないか。で、取り引きは不成立。
 
■アウトバーンを走ればマナーはよくなる
ミュンヘンまでは約200キロ。アウトバーンに入ってからドライブMAPを用意していないのに気づいた。地図のない旅もいいものだ。パートナーの笹目さんも、むしろ、そのことが気に入ったみたいだ。

 アウトバーンは適度にアップダウンしていた。東名高速の大井松田−御殿場間を思い出させる上りカーブの連続もある。その途中のパーキングエリアでドライバー交替。いよいよ、ぼくの「アウトバーン体験」だ。

 視界が広いな。最初の印象がそれだった。中央分離帯はあるが、左側をすっとぶ対向車の流れはよく見える。右側にはガードレールも、防音のための壁もない。つまり、アウトバーンは「すっぽんぽん」なのだ。コースアウトすれば草むらか、畑につっこむしかない。だから、アウトバーンは景色に融けこみ、視界が広いわけだ。

 当然、左のラインにとびこむ。先行するBMW525、メルセデス280SEを軽くパス。やがて真紅のポルシェ928のグラマラスなお尻に追いついた。機敏に右へ寄る928。こんな場合、速やかに追い越してやらないと危険である。928は170q/hぐらいをキープしているから、こちらがモタモタしていると928が先行車に追いついて逃げ場所がなくなる。で、加速のきく4速にホールドしたまま、6000rpm、200q/hの世界に突入する。

 アウトバーンは速度制限がないと聞いていたが、交通量の多いシュツットガルト―ミュンヘン間は路面の傷みも激しく、工事中のところが多かったし、各パーキングエリアを通過するあたりは時速100キロにスピードダウンせねばならない。そして、すべてのクルマが確実に減速しているうち、アウトバーンの狼たちのマナーのよさが理解できはじめた。

 アウトバーンにはストレスがこれっぽっちもない。料金も払う必要がない。自分のクルマの最上限の速度で走っていたら、そんなに長く緊張が続くものでもない。適度な休息がほしくなる。速度制限の標識、パッシングライトを浴びせてくる後続車にカッカするどころか、ちょいとひと休みするにはもってこいの口実なのだ。
ロマンチック街道の終点は「白鳥の城」

ミュンヘンから一旦、アウグスブルクに戻り、フュッツェンをめざす。ひたすらロマンティック街道を走ること100km。
やっと左手に、白鳥の姿をしたノイシュバンシュタイン城が! 標高1000b。やっとたどり着いた時には、閉門時間を大きく過ぎていた。
麓のレストランで出されたハウス・スープのなんと美味だったことか!


 昼食はミュンヘン中央駅前のカフェテラスでとった。オレンジ色のテントの下は、若いギャルたちでいっぱいだった。こんな場合、彼女たちの関心をひくのは簡単だ。笹目さんの特技にたよればいい。
「やりましょう」
 おもむろに、日本から持参した折り紙をとりだす笹目さん。器用な手付きで「折り鶴」を1羽、2羽、3羽。
「OH! シュラッシュ(鶴)」
 狙い通り、ミュンヘンのギャルが反応。ブロンドの可愛い16歳がさっそく弟子入り。彼女の白い指先につままれた折り鶴が、なぜか白鳥を連想させた。

 そうだ。白鳥の城を見にいこうよ。それはいい、と笹目さん。 ロマンチック街道の終点、フュッセンの10`手前に、白鳥の城とよばれる優雅な外観をもつ名城がある。ノイシュバンシュタイン城。あれはたしかウィスコンティ監督の「神々の黄昏」という映画の舞台だった。ワグナーに心酔した国王ルードウィヒ2世が、ワグナーのために真実の中世風の居城を建てようと志し、やっと17年目に完成したとき、財政は底をつき、彼は国王の座を追われ、やがて彼は湖に身を投じるという物語。なんとも悲劇的な雰囲気が気に入った。

 ミュンヘンから、いったんアウブスブルクに戻り、そこからロマンチック街道へ。
 白樺の並木道。いまもなお、中世に栄えた数々の街が、昔のままの姿で点在し、街がきれると、緑の原野を白い道がうねっている。その道はアルプスにぶつかり、アルプスを越えるとイタリアへ通じるという。 ぼくらの911SCタルガは水を得た魚のように、ワインディングロードを疾駆した。コーナーの奥へむかって思いきりつっこんでから、ブレーキング。と、同時に早めにハンドルを切ってやると、テールは鮮やかに流れだし、ドライバーに「お前はいまスポーツ走行しているんだぞ」と、快い昂奮をめざめさせてくれる。

 アウトバーンをこなし、広い野原を機敏に駆けめぐる。この両局面を、より速く、安定して走れること。それがポルシェというスポーツカーを産み出すドイツの風土というものだろう。
 911シリーズもすでに20年を経ている。それでも熟成を重ねながら、いまだに<現役>として頑張っている。その一方で新しい時代に対応した944を問うしたたかさ。シュッツ社長はさらに944ターボ、911の4WDを投入すると宣言した。
 おそらく、どんな難関に直面しても、ポルシェ社はこの911SCタルガのように、小気味よく吹け上がり、絶妙のハンドリングで克服していくだろう。

 午後6時、白い雲を頂に残したアルプスがグングン迫ってきた。その絶壁の中腹に、白鳥が優美に羽をひろげたようなたたずまいの城が見えるではないか。それがノイシュバンシュタイン城だった。
 まだ日が暮れるには間があった。ぼくらは城に通じる山道を汗をかきながら、30分もかけて登って行く。人っ子ひとりいない城郭の周辺。深い谷。見渡すと、遠くで湖が光っている。

 結局、シュツットガルトのホテルにたどりついたのは、午前零時。オドメーターは730qを指していた。