■シュトメレン運転のバスでスタート ピットは折から、グループCとグループ6、グループGTUで構成されるクラスの第1回目公式予選が終了した直後で、ごった返していた。2回目の走行は、午後2時半からだ。
富士スピードウェイなら、さしづめ星野一義選手が使用するに違いない、管制塔に近い便利なピットを、ここでもビルシュタインが占領していた。その隣はピレリータイヤがフルサポートのランチア・チーム。どうも不思議でならない。ビルシュタインが、なぜこうもこのリンクのパドックといいピットといい、いわば“一等地”を与えられるのだろう。鈴鹿や富士でカヤバやトキコが、こんなふうに振舞っている姿は見たこともない。生き生きと各チームの間を飛び回っているのは、BS、ダンロップ、アドバンのタイヤメーカーの担当者であり、レーサーが息抜きに立ち寄るのは、アライやショーエイのヘルメットメーカーのテントである。
やがて、その謎はとけた。午後の予選も終了して、コースが翌日の決勝をひかえて短い休息に入ったとき、例のエムデ氏がヨーロッパ貴族の後裔のような端麗な顔をほころばせながら、ぼくらのバスに至急乗車するように命じた。
「遥かなる極東の国から来てくれたジャーナリスト諸公に、私のできる最大のサービスをしたいと思う。このリンクは1920年代の初めに、ドイツ政府が国策としてアイフェルの山を切り開いた歴史的なサーキットであり、その難しさは走ったものにしか体感できない。明日のレースの観戦ポイントも、それ抜きでは気の抜けたビールみたいなもの。平日なら、1周5マルク(550円)の走行券でじっくりコースを味わっていただけるが、レース開催中はそれも不可能。そこで、諸公らのバスでコースを一周しよう!」 |

ここが「大逆転(カルーセル)の谷」の
異名をもつ名物コーナー
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